バリ島移住で病気。デング熱でダウンして入院していた話。

Om swastyustu☆             →って何?という方はコチラをクリック♪

 

バリ島ローカル病院入院記録。長いです。
でも私の軌跡なので書き起こしておきます。
入院については、半分愚痴に近いので、嫌な方は見ない方が良いかもしれません。

 

バリ島にきて1年半もはや過ぎ…
病気も怪我もせずにぴんぴんしていた私ですが…
バイクで素っ転んでも、擦り傷、バイクで火傷して放っといたら、化膿してしまったので、
びびりな私はBIMCというバリ1高くて綺麗な病院へ…。

ウブドの新しい病院BIMC ←その病院記事はこちら…

 

ですが。
ついに、バリの洗礼の一つ。
病気&入院をしました。(今回は完全ローカル病院ですー!)

ゴールデンウィークの入る前の週からゴールデンウィークを終わるまで、
仕事を休んでしまいました…。

バリ島のホテルという事で日本人のお客様が多い時期に
日本人スタッフ不在という事で、大変申し訳ない話です…

 

どうやら?デング熱(もどき)?ティプス?
だったようです。病名はお医者さんに、デング熱って言われたけど、
バリ人の友人や、日本人の友達には、アレはデングではないと言われました。

デング熱とは

 

血小板、白血球の減少もそれほどなく、発疹もでませんでした。
ただ、血液の中になにかのウィルスがいました。デング熱にも重度軽度があるようです。
また何回もなったらヤバいとの事。
また蚊を媒体にするので、デング熱になった家族は必然的に芋づる式になるケースが多いです。

人によっては、自力で自宅で治る場合もあるようです。

 

 

けど、とにかーく!割れるような頭痛にもだえ苦しみ、熱が出て、吐く。
(下痢がなかっただけかなり助かる)
しんどかった…(涙)しんどかったヨー。゚(゚´Д`゚)゚。

 

そしてとってもとっても心細かった。
自分で決めて自分一人で強行突破してきたバリ島。
もしココで死んじゃったらどうしよう。かなり大げさだけど、考えてしまいました。

でもその時、自分で決めてきた事だからここで死んでも、しょうがないと思ったのも事実。

 

たくさんのバリ人の友人同僚、日本人のお友達たちに支えられて助けて貰えました。

バリ島に移住予定計画立ててる人!(`・ω・´)/
まずはバリ島にて信頼できる友達(日本人でもバリ人でも)などを作る事がまずは大事かと思います!

 

今までは、根性で仕事には行けそうだけど、休んでおきたいっていう余力のあるしんどさは
日本で何度か経験済み。

 

でもね。(でもねが多いな)今回生まれて初めてではないか。
もう自分の意志ではどうにもならない動けなくなること。
日本で手術した時もそうだったけど。
インフルエンザも3回くらいしかなった事ないし(子供の頃ね)

 

 

そんなバリ島での病気、ローカル病院での奮闘を忘備録として書こうと思います。
下記の7本立てでございます♡

 

  1. 倒れるまで
  2. 自宅での死闘
  3. 入院(デング熱ですか?)
  4. 入院生活も死闘
  5. バリ島のお見舞い文化
  6. 自宅休養
  7. 保険について

 

初めて家族以外の人々に助けてもらい、
一人じゃないんだなという貴重で身に染みる体験をもしました。

病院に連れて行ってくれて入院時もずっと気にかけてくれたtea roomのみきさん。
病院に連れて行ってくれて、救援物資を届けてくれたバリ島ドライバーのウィさん、ウィさんのお兄さんのアルタさん。ウィさんの親戚一同。
お見舞いにきてくれた職場の同僚、2日連続でお見舞いにきてくれてそばにいてお世話してくれたイタちゃん。
心配してくれたお友達。本当に本当にありがとうございました。

ついつい悲観的になり、日頃の自分の恵まれているのを忘れてしまう事が多々ありますが、
それを忘れない為にもこの記事を書こうと思います。

 

 

1、倒れるまで

倒れる1週間くらい前くらいまで、体調が悪く、
極度に疲れていて頭や身体が重い。

こんなにしんどくて大丈夫かしら?でも仕事に行けないほどではないという感じでした。

そして、倒れる日。
17時に仕事が終了。

身体が重い。家に帰って寝たいけどどうしてもtea roomに行きたい!(苦笑)
お外に行きたい!と思い、だるいけどバイクを走らせてtea roomへ。

Tea room ~素敵すぎるウブドのカフェ~

でも、この時にtea roomに行ってなかったからみきさんが、私の事を気付くきっかけにもならなかったし、
私も、遠慮してみきさんに連絡をとることがなかったので、
この時、直感的にtea roomに行ったのは運の付き。

 

そのときに、たまたま居合わせた在住友達のお姉様のKさんとみきさん、楽しく食事。
いっぱい食べた記憶があります。(大好きなルッコラ三昧してくれました)

そのときに、

「最近、呪われているのか?というくらい身体が重い。ブラックマジック掛けられらかな…」
と相談(笑)でも在住が長いと本当にそういうのはあるらしくかなり真剣に聞いてもらっていました。

「バリアン紹介するよ〜?沐浴行った方が良いよ!」
と談笑しながら。。。

 

そうこうして帰る時間。

私「間接が痛いんですよね。。。。」
と話したら。

みきさん「ゆきちゃん、それ、もしかしたらデング熱じゃない?」 と。

熱はまだない。
でも熱があったら病院行った方がよいよ!と言われて、

バイクでふらふらしながら帰って、
家についたとたん、バタンキューでした。
もう既に熱が。

 

この時は、どうしたらよいか分からず、いつもお世話になっているウィさんに電話。
ウィさんのお兄さんアルタさんが来てくれて、病院へ。

 

職場の保険が使える病院はローカル病院が多い。
職場の仲間に教えてもらった、みんなこの病院に行くという情報を覚えていたので、
ガネーシャという病院へ。ローカル病院。
たくさんの人。イメージ的には、日本の昔の歯医者さんみたいな感じ。

 

デング熱の場合は熱が出て3日後にならないと検査しても、
結果が分からないので、熱が下がらなかったらまた来てね。と言われ、
熱冷まし、吐き気止め、と貰って帰宅(この際も診察費、治療費はキャッシュレス。職場の保険適応内なのです。)

 

明日はおそらく仕事に行けない感じ。
ボスにすぐに連絡して、病院にも診断書をかいてもらい会社に提出。
(当職場では病欠する場合は、病院の診断書がいるのです)

 

ウィさんのお兄さんは実家に部屋あるからそこにくる?と聞いてくれたけど、
まだデング熱ではないと思っていたので、

「大丈夫です、家で寝てれば治るから」

と自宅に戻りました。

2、自宅での死闘

死闘なんて大げさだけどね…(笑)
自宅で寝ている間も熱はあがり…でも体温計ないから何度あるか分からない。
でも大量の汗もでる。

その間、デング熱について調べる。

インドでデング熱になった人のブログを読んでびびる(すっごく過酷だったから)

水分とって、グァバジュース飲んで(病気やデング熱の時はグァバジュースがよいらしい)
ご飯食べて寝る。

 

こちら、インドネシアのJAMU指定されているドリンク。味は水何だけど、カリウムとかいっぱい入っているらしい。口内炎、腹痛、などなど調子が悪いときに飲む飲み物!6000RP(現レート約50円)

 

 

それだけ。
頭が痛い。割れるようにいたい。
夜はかなりひどく、眠れないくらい痛い。

 

そうして、朝になる。汗びっしょり。ちょっとよくなる。
熱もさがる。痛みを消える!
あ、いいじゃん!これだったら明日仕事いけそう…!

 

とおもった2、3時間後。
またもだえ苦しみ、熱上がる。というのを繰り返した3日間。

 

デング熱ってのもまだ分からないし、一番不安な時間でした。
その間に、2回目の病院。
ウィさんに連れて行ってもらいました。

 

血液検査にて、デング熱の白血球?は下がってないけれど、
血液中にウイルスがあったようで、その為の薬、ウイルスバスターの薬をもらう。

 

その帰りにやっと、体温計を購入。
体調がよかったので、ウィさんに影武者でご飯食べさせてもらった。(病気時はやっぱり日本食)

 

そしてそれでも、その夜に悶え苦しむ。
みきさんが何度もメールで状況を確認してくれて、

次の日に食料の救援物資を持ってきてくれました( ;∀;)

 

みきさん自体もデング熱で大変な体験をしているので、
体力が落ちないように、水分とご飯は、吐いてでもいいから食べなさい!
と言われ、ちょうど食べれそうだったので、
持ってきてくれた寿司&唐揚げを全部食べました。美味しかった…!

 

そして次の日。
一番、絶不調の時。
もう気持ち悪い、頭割れそう、高熱で、もう自分では水飲んだり、出来なくなり、

みきさんに助けを求め、3回目の病院へ。

 

布団に埋まっていた私_(:3」 ∠)_を連れて病院に行いって頂き、そのまま入院しました。

 

入院するための荷造りも、ふらふらになってやったから、
お泊まりセット(入れてもしょうもないものを入れて必要な者を入れないという)

着替えもろくにいれてない荷造りでした(笑)

 

でも携帯と携帯の電源とWIFIだけはちゃんと持ったぞ。(コレだけは生命線だからな!)

 

 

3、入院。

入院は、マス村にあるA院というローカル病院。
入院の手続き等は、全てみきさん夫妻がやってくれました…
もっている保険のカード全部渡して、私はロビーで伸びてました。

 

日本の病院では考えられない事ですが、救急病棟が、オープンエア。
救急病棟のドアを電動ドリルで工事!
凄まじい轟音。。。。。。

 

頭が割れそうなのに、さらにその音で精神がおかしくなりそうでした…。
最初、頭が痛すぎて頭の中でなっている音だと思ったら、コンクリートを削る電動ドリルの音…

 

他にも救急の人いるのに…なんてひどい…。(これがインドネシアらしいです)

 

一度ドクター工事業者に注意してくれたけど、10分後に再会!(なんやそれ!)
ていうか救急病棟を一時移すとか、工事の時間ずらすとか考えないのかぁと
日本の常識で考えると不思議!?な事は、コレだけではなく、実は日常生活にもいっぱいあります。

ってそんなこんなんで、病室へ。

 

治療費は、私の勤めている職場の保険の範囲内では、相部屋(3人部屋)。
もし追加料金を払えば、2人部屋、1人部屋とVIPに部屋に入れる事があります。

最初一瞬、まよいましたが、値段がいくらかかかるか分からないので、とりあえず、保険の範囲内の部屋へ。
※1人部屋は1泊2jutaの追加料金を言われました(2juta = 現レート約15000円)

部屋は相部屋(3人部屋)

幸いにも、私の入院した初日は、
私だけでした。ほっと安心。

 

やはり日本とは違う入院。
これがバリ島入院のはじまりなのでした。

 

入院生活も死闘

ここからは、なんか助けてもらっている病院に失礼だろ!?
他の入院患者の事も考えろ!という意見があるかと思いますが、
日本の常識にとらわれていた私が感じた事をそのままかいております。
どうぞご了承下さいませ。

 

部屋にはエアコン。テレビがあります。そして、お手洗いも。
このお手洗い。日本のをイメージされると思いますが違います!!!!!

申し訳ないけれども、お世辞にも…百歩譲ってもキレイではない。だって水流れないし(壊れていて桶で水を汲んで流す)

Gも。。。。もう動じません。

 

 

まぁ、見る分には良い感じ。

まだ私の部屋は、ナースステーションに近く、
相部屋は相部屋でもグレードが高い相部屋らしいです。(友人に聞いた話によると)

でもベットは結構質素であります。

 

掃除はそれほど行き届いておらず、誇りもちらほら。

 

日本の病院って本当に清潔で親切で至れり尽くせりだなぁと感じた次第です。

頭の腫瘍で入院した際は、日本の病院システムに多少感動した事もあり、辛かった手術ですが、
総合的に見てに楽しかった入院生活という思い出になっております。(ポジティブに置き換えているだけかもしれないけどね)

 

枕とシーツはお漏らししないように?腰の周りは防水シートがむき出しに敷いてあります。

 

まくら…くさい…。これ洗濯も日干しもしてないよね…(でもまぁいいか)もう気にしない。

点滴をしてもらい…ほっと一安心。

 

今は1人だけなので、静か。
みきさん夫妻もしばらく一緒にいてくれて、水など買ってきてくれました。。。。

 

バリ島?の入院は通常家族が付き添い一緒に泊まるのが普通らしく、
家族も部屋に一緒に泊まり込むのが普通です。

なので、看護師さんが日本みたいにあれこれとやってくれません。

点滴の様子なども、朝、夜の血圧、体温測定、食事の提供以外は、全くです。

 

あと、ローカル病院なので、基本インドネシア語です。
お医者さんは英語たまに話してくれる人もいますが、インドネシア語です。
看護師さんもインドネシア語です。
なので、バリ島で少なからず移住したいと考えている人へ、
インドネシア語。勉強しましょう!(お金がたんまりあるなら別の話です。高い病院行けるので)

 

私は一人なので、みきさんが帰った後は、点滴が切れても、看護師さんを自分で呼ばなければ行けません。
そして、トイレも自分でよっこらひっこら行かなければ行けません。

そしてこの病室の欠点!

 

 

ナースコール

 

遠!!!!!!!!!!!!

 

あそこまでいくのがつらいんじゃ!
なぜベットの近くにないんじゃ!

 

半分へろへろ、イライラしながら、もうナースコールを使わずに、
点滴をはずして、自らナースステーションへ看護師さんを呼びに…

なので、針を刺した部分がぐらぐらして、しょっちゅう血液が逆流してました…。

 

 

夜も心細く…深夜。
にも関わらず隣の病室から大音量のTV音。。。。

こんな時間…明け方なのに、テレビ爆音…。。。きっとお見舞いに来ている家族が見ているのでしょう、、、、、、
って、おい。この部屋にももしかしたら今後入院患者が来るかもしれない…

とのことで、大音量のTV音は本当に避けたい。
申し訳ないけれども、TVのリモコンは私が預からせて頂きました(死守)
枕元にキープ。申し訳ないけど、コレだけは絶対ワタナサイ。

他の入院患者様の為にもみんなシンドイのだもの。渡さない!

 

 

 

そしてしんどいながらもウトウト…
いきなり、病室のドアがバン!!!!!
と開く。

何事!と思ったらハウスキーピングスタッフ(病人がいるんだからそんな入り方しないでよ…)
どうやら入院患者が来るようです。ベット準備。

そして、ドアを開けっ放しで出ているスタッフ。

なんだよ。コレ。

点滴外して、締めに行きましたよ…ぐすん。

 

もう少しの辛抱。良くなる迄の辛抱…。
ご飯はなんとか食べれる。というか食べなくては…

そして、入院2日目は私の部屋に2人の入院患者がきて、
3人部屋は満室になりました。

 

毎朝、教授の検診?というかドクターの検診があります。

 

病院食は、質素。

揚げ物とかもでます。

 

写真には撮ってないけど、

朝食と昼食の間に、おやつがあります。

 

 

バリ島のお見舞い文化

バリ島のお見舞い文化。
入院をしたら、その人がどんなに状態でもお見舞いに行く事が大事とされているようです。

 

なので、その入院患者の親戚縁中がドヤドヤとお見舞いにきます。

日本の様に、病室内では静かに…なんて関係なし。
面会場とかそういうのもありません。
看護師さんがお静かに…とも言いにはきません。
ワイワイ。ご飯もベットの周りでみんなで食べます。

そして、何十人もの人が部屋を出たり入ったりします。

ちなみに、消灯時間もありません。

お分かりでしょうか!?このストレス。

 

もちろん。ここはインドネシアのバリ島です。
日本ではありません。
日本の常識を持ち込むのはナンセンスだと思っています。
日本国外に出たらそこは外国なんです。
私たちの常識、文化、宗教も違う違う国なのです。

 

 

 

でも!隣のベットの人、私より重病ぽくてしんどそうなのに…
隣の人も心配をしたり…

この病室にはもう一つの欠点があります。
私のベットの前だけカーテンがない。

なぜ。ないのだろう。
目の前はドア。

ドア開けると、まずは私に会います(コンニチハ)

そして、外国人がこんなところにいるのも珍しいのか、
話かけられます。

ふぬん。。。。。。
私シンドイネン。。。。。

なんで一人なの!?
ふぬん。。。。私シンドイネン。。。。。

でもね。。。。私のバリ人友人達はじめ、ホテルのレセプションの同僚達、みきさん。
みんなお見舞いに来てくれて、お世話をしてくれて、お見舞いに食べきれない、飲みきれないくらいの
食べ物とお水、グァバジュース。

 

私のベットの前にカーテンがないからと、サロンを買ってきてくれたウィさん。
目隠しを作ってくれたホテルのレセプション同僚達。

 

お見舞いに来る人たちの接客をしてくれたトレーニングのイタちゃん。(なんていい子なんだ)

帰りたくて、寂しくて、苦しくて、泣きべそかいたりもしました。

一晩中、灯りは消せなくて、お見舞いの人が少々うるさかったり、
入院患者のおばあちゃんの大きい声や(もうボケているような感じでした)に一晩中悩まされました。。

普段は大きな心で受け止められる事も、この時ばかりは
かなり心が荒れていました…

その間お風呂に入れなくて、部屋はおばあさんがいたのもあり、エアコンは付けれなかったので、
汗だく。

もう臭い。本当に私臭い。

漫画みたいに、私の頭の上をハエがぶんぶん飛んでました。

 

 

 

バリ島の良いところも、悪いところも全部知りたい。
知らなくても良いかもしれないけど、好きだけでは終わりたくなかったバリ島。

バリ島に住んで働いて暮らす。ということ。
皆にもっと近づきたい。
そういう思いもあったのです。

 

 

ドクターの診断で退院してもよいと判断がでたので、
3泊の入院は終了しました(3泊だけだけど、ものすごく長くかんじました…)

きっとこの入院ももうしたくないけど、2回目した時は慣れてるんだろうなと思いました。
びっくりしただけだよね。(カルチャーショックというものかしら??)

保険証をみせて領収書をもらって退院。
いくらかかったのかも見るのを忘れましたが、キャッシュレス。

ありがたい。

 

お迎えもみきさんが来てくれました。

 

帰りに食料の買い出しにスーパーによってもらいましたが、
皆からのお見舞いの食料で1週間くらいは食いつなげそうなくらいでした。

みんなありがとう。

 

自宅休養

ボスから連絡があり、退院後5日間自宅休養期間を頂きました。
デング熱に関しては、みんなよく症状を知っているので、優しい…。。。。
デング熱は治った後でも本調子になるまで1ヵ月ほどかかるようです。

やっと家に帰れる!
そしてお風呂!
O★FU★RO!

だか、ここでもバリ島の試練が立ちはだかる。

昨日から断水。

 

なぜ。なぜなのだ。なぜこのタイミング!!!!!!

大家さんがお風呂に、別の部屋を案内してくれたけど、

桶を汲んでかぶるスタイル。しかも水。
(私のコスはかろうじてホットシャワー。5分くらいしかでないけど)

もう我慢できん。水でも何でも良いから身体を洗いたい。。
でも病み上がりに、水桶あびは結構堪えましたが、スッキリ。

そしてその直後。退院後すぐに。。。。
職場のホテルの上層部のお見舞いがありました…!!!!!!!!!!!

連絡があり、今から家に行きますと。
「えええ、そんな良いですよ!」

と断ったものの、会社としてもパフォーマンスだから気にしないで…
あとから聞くと、写真で病欠で3日以上休んだ人にこのようにお見舞いをしているとの事。

そして、来ましたマネージャー3人。
なんだろ、この場違い感…。
私のコスの私の部屋に、バリ島の正装した大男3人…。(苦笑)

その際に、お見舞金を頂きました。
それも、バリ島にしては結構な額です。

日本で頭の手術した際は、
会社からなにも見舞いも見舞金(迷惑掛けるのでいらないですと伝えた)もなにもなかったので(それが普通と思ってた)
なんだかちょっとじぃぃぃぃぃんと来ました。

 

後日談ですが、入院の際にバリ人の皆と同じ話題ができるのっって
ちょっと仲間意識が芽生えた感じがして私の自分勝手に思い込んで嬉しかった事の一つです。
 

 

7、保険の話

バリ島のホテルで働いている為、職場で入っている保険を使えました!
また、私は日本での医療保険は入らずに来たため
(移住する際にコチラの外国人でもはいれる保険BPJS(Badan Penyeleggare Jaminan Sosoal)

で十分と言うのをエージェントさんから聞いたので入らずに来ました)

 

 

だって、日本の移住者専用の保険って年間掛け金20万するんだもん…

(でも何かあった際のためにはかえられないけど)

実際、ホテルの職場の保険でもこの保険に自動的に入っていて、

また他にも3種類くらい別の保険に入っています。

 

でも職場の天引きの4種類もの各保険のおかげでそのため、
医療費は受信料や入院費すべてキャッシュレス。。。。!
いくらかかったのかは見たけど忘れました。

 

後から聞いた話によると…カードを組み合わせる事によって、
VIP対応になったようです(ゲームみたい)

だったらそれが良かったなぁ…でおこれも貴重な体験。

 

いやはや、バリ島に来て思った事。
快適さと安全さって本当に金があればなんとかなるんだなって。(なげやり)

私は全部保険で収まるようにしたので、ローカル使用。(これも私の選択)

 

だけれども、大変以上に得れたものがたくさんあったこの経験。

そして、この程度で済んでよかった幸運。まだまだ、在住達はもっとすごい経験をしているので、

私のこんな話なんてまだまだ小さいなぁと書きながら思っています。

 

本当に、デング熱もどきで済んでよかった。

 

 

ありがたいありがたい。

 

みんな、ありがとうございます。

 

 

この気持ちを忘れないように記します。

 

 

 

 

 

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